あれは、私が小学校高学年の夏のことでした。
その日はお盆で、本島北部にある親戚の家に行ったのですが、そこで今思い出してもゾッとする体験をしたのです。
沖縄のお盆は、ウンケー(お迎えの日)、ナカビー(中日)、ウークイ(送り出す日)の3日間行われており、その3日間は、ご先祖様や亡くなった家族が帰ってきます。
もちろん、中にはどこにも帰れない霊もいるわけで、そういった霊は門をくぐれずにさ迷い歩くと昔から言われてきました。
だから、お盆には霊感のない人も見てしまうことがあるのだと。
「お盆の日はあまり出歩いたらならんどー」
売店に行こうとした私に、オバーがお盆定番の言葉をなげかけました。
「わかってるよー」
退屈で仕方なかった私は、ひらりと手を降って気分転換に売店へ向かいます。
売店に着くと、当時30円のアイスを買い、散歩でもしようと店を出ました。
「にーにー(お兄ちゃん)!」
ふと、誰かに声をかけられました。
が、近くにに人影は見当たりません。
気のせいかと歩き出すと
「にーにー!」
と、また声がします。
今度は、何度も何度も「にーにー!」と呼ぶのです。
声のする方に行くと、大きなフクギの木の下に、3歳くらいの男の子が座っていました。
「どうしたの?ケガでもした?」
服があちこち擦りきれて泥まみれだったので、咄嗟にそう声をかけて走り寄りました。
すると、
「かーちゃんのところまでおぶって」
というのです。
その額や膝からは、血が流れ出ています。
放っておくわけにも行かず、男の子を背負うと、彼が指を指す方に向かって歩き出しました。
しばらく行くと、
「ここ!」
と男の子が叫びました。
ぴょんと私の背中からおりた男の子は、フクギ並木の中にある古い造りの家に入っていくと、またすぐに出てきました。
「かーちゃんがさー、いまうごけないから、にーにーはいっておいでって!」
と、私の手を引きました。
「あ、でも…」
断る間もなく門へ近付いていきます。
ふと視線をその家の中に向けると、手招きする女の姿。
「えー!あんた何してるね!ならん!」
同時に後ろから怒鳴り声が聞こえて振り返ると、そこにはオバーが息を切らして立っていました。
「この子は私の孫だから行かさんよ!」
理解できずにいると、オバーが私に塩と米の入った袋を握らせます。
「オバー、この子が怪我してたから送ろうと…」
男の子の姿はありませんでした。
オバーは、売店から戻らない私に胸騒ぎを覚えて道に出ると、私が一人で家とは違う方向に腰を屈めて歩いていたので慌てて追ってきたのだそうです。
それを聞いて、嫌な汗が全身から出てきました。
あの男の子は一体誰だったのでしょうか
母親は、なぜ動けなかったのでしょう
なぜ私を、あんなに家に入れたがっていたのでしょう
翌年のお盆、たまたまあの男の子と会ったフクギの前を通ると、そこには蓋のされた井戸がありました。
昔、こどもが落ちたことがあるのだそうです。