鎌倉護良親王墓前の工事(鎌倉市二階堂永福寺跡移籍整備地区)

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あれは、いつだったろうか、大分前のことです。

鎌倉の奥まった谷に、永福寺跡遺跡が、昨年一年間かけて、整備された。

雑草やススキで放置された荒れ野のような草原だった公園は、

破けたフェンスや壊れた門がすこしあるくらいで、全く出入り自由な空き地にみえていました。

そこが、八億円という巨額な経費で、しっかりした外壁に、夜間施錠される門、

毎日休みない委託整備員と、ガンガン重機で岩盤となりはてた地層を古地図道理池が復元され、

屋敷こそないものの、庭園の風情を醸し、夜間の酔っ払いが騒ぐような不安空き地はなくなりました。

さて、問題は、じつは、わたしなどはよく知らないのですが、

公園はよく朝晩通る近所なものですから、聞くともなしに聞いてしまったのは、

どうやら、なにかがあり、「障りしかない」と、現場で青ざめて技術者らがはなしていたことがあるのです。

しかし、治安はますますよくなり、監視カメラもつき、なんら、噂はきかれません。

ただ、付近のこどもたちの噂では、パタパタ足音だけするときがあり、

そうしたときは、ゆっくり歩き、追い抜いてもらうと。(´・_・`)。

たまに、パタパタひどい音で男の子らが走り過ぎますが、姿があるようでした。

悲鳴のようなリスやたぬきの奇声も慣れたら、リスやタヌキですから、しかたないです。

ただし、これは、すごいという出来事がひとつ、あります。

護良親王の墓という山稜が近くにあるのですが、

そこと永福寺跡の道のガス管工事のひどいメリメリバリバリな夜間工事の翌日(°_°)

関東は何百もの落雷に騒然な悪天候となりました。

なんだか、タイミングがちょうどで、やはり、

みな、静かにしなければならない地域として、閑静に暮らしています。

もともと源氏は夢のお告げを見たり、伊豆なんかでも洞窟探検な地層好きだったふしがあります。

歴史書で名高い、吾妻鏡にも、地震や天文の話題が記載がたくさんあるようです。

じつは、あの、熊本地震の夜は、まだ永福寺跡整備の工事中でした。

夜九時ごろ、地盤がガタン!と鳴り、ひどく揺れたのです。

朝起きてテレビの熊本地震をみてびっくりいたしました。

由比ヶ浜から吹き抜ける湘南の暴風もすごいのですが、

阿蘇山噴火のころは、遠い阿蘇山のほうから、ゴーゴーと、山が唸るような音がして、

故郷鹿児島の理学部へ、なんだろうか?と、きいたりしたものですから、

源氏の天文学者安倍清明が知恵を出した先見など、そんな鳴動を聞いていたのかもしれません。