私は昔、大阪の北にある、Aホテルに勤めていた。
職種は警備だ。
その日は、客室の巡回と倉庫室の点検をしていた。
ある倉庫室に着く。
鍵を開けて、室内に入るが、何となく空気が重苦しい。
警備員の規則では、電灯を付けてはいけないのだが、思わず点灯してしまった。
室内の最も奥の壁には、事務用の机が置いてある。
ベルボーイや客室係が使うのだろう。
机上には、段ボールで切った、張り紙がたて掛けてあった。
『OO‐OO号室。気持ちが悪いので、外してください。』
気持ちが悪いとは?客からの要望だろうか?
私は、張り紙を手に取った。
張り紙を掛けてあったのは、額縁が付いた絵画だった。
絵は一人の女性をモデルにしたものだ。
その女性の表情には怒りと恨み、そして執念が浮かんでいる。
見なけりゃよかった・・・ぞくっと、寒気が襲って来る。
とても、嫌な気持ちになった。
客も、絵画を外して欲しかっただろう。
その絵画は、有名な画家、東郷青児の作品だ。
暗い絵画を描く人ではない。
ホテルでは様々な人が利用する。
喜びに包まれた人、憎しみを抱いた人、病気で病院に運ばれた人、自殺を図った人。
そんな人の感情を、絵画はうつしたのだろうか。
漫画家の故・水木しげるさんは、それを、念(ねん)と呼んでいたが。
私には、何となく女性がこちらを見ているような気がした。
と、同時に、ぽこん、ぽこん・・・とラップ音が鳴る。
もう、後悔と恐怖で泣きそうになった。
だが、追い打ちを掛けるようなことが、私を待っていた。
倉庫室の柱には、物を引っ掛けるフックが付けてある。
そのフックに、神社のお守りが付いていた。
お正月に貰う、しめ縄が付いている物だ。
そのお守りの中に、別の物が吊り下げられている。
真っ赤な紙に、文字が書かれている。
臨兵闘者・・・お守りの九字護法の御札だ!
私は、パニック寸前になり仕事を放り出して、外に出た。
鍵を閉めるともう、ラップ音は鳴らなくなり、重苦しい空気も和らいだ。
護法があの絵に向けられているのなら、どれだけの怨念が込められたのだろう。
その後も、巡回と点検の仕事は続けたが、あの倉庫だけは、
近づくだけで寒気がするので、点検をしなかった。
絵はまだ倉庫にあるのだろうか?