都営住宅に出る正体不明の存在
従妹とは年が近いこともありよくお互いの家に泊まりにいったりと、仲良くしておりました。
ですが、彼女の住まう都営住宅では深夜に不可思議な現象が起こるのです。
話が盛り上がり、大人たちもお酒を呑み寝静まったころそいつはやってきます。
壁をトントンと叩く音。
まるで私達のおしゃべりを聞きつけたかのように、その音は何度も部屋へ響いてくるのです。
「あ、壁トントンだ。もう寝なくちゃ」
従妹がそう言っておしゃべりを止めます。
私は怖いというよりも不思議な気持ちでしたが、従妹の言うように目を閉じ眠りへと落ちていきました。
壁トントンとは何なのか?
幼い頃からそうした事が度々起こり、また彼女の親も私たちが夜中に騒いでいると
「早く寝ないと壁トントンが来るぞ!」と言うので、もはや当たり前のようにそれを受け入れておりました。
壁トントンが叩くのは扉ではありません。
壁なのです。
正体を確かめようにも壁の向こう側からくる住人の姿を見ることができないまま大人になり、
彼女も結婚が決まったためにその都営住宅から引っ越すことになりました。
そして、残った彼女の両親も父親の方の体調が悪くなってきたために、病院へ近い場所へ引っ越してしまいました。
あの部屋が現在どうなっているのかは分かりませんが、新しい住人は壁トントンと上手くやっていけるのでしょうか?
壁トントンは彼女に憑いている
壁トントンの存在をすっかり忘れていた私でしたが、彼女の新居へとお邪魔したときのことです。
ふいにあれ何だったんだろうねという話をすると、驚くべきことに今でも夜遅くになると壁を叩く音が聞こえるというのです。
てっきりあの都営住宅に住まう何者かの存在だと思っていた私は確信しました。
「ねぇ、もしかしてそれ、あんたに憑いてるんじゃないの?」
従妹は特に気にする風でもなく、まぁ子供も夜更かししなくなるからいいかな、とのんびりとした口調で言いました。
彼女にとって壁トントンは単なる怪奇現象を起こす者ではなく、もはや家族の一員なのかもしれません。