【離郷の途】
母から聞いた30年以上前の話です。
子供の頃に聞いたきりの話なので
曖昧な点が多いのですが、ご了承ください。
運転席に父、助手席に母、
後部座席に幼少の兄を乗せた車が、
母の実家のある九州から山奥を
中国地方に向けて走っていました。
運転に疲れた父が山の中の少し
開けたところに車を停めたので、
3人はそこで休憩することになりました。
その場所からは下に広がる町明りが
チラチラ見えていたそうです。
父が、近くの自販機で飲み物を
買ってこようとドアに手を掛けたその時、
急に車内の明かりが消えて、
色んな音がピタッと止んだそうです。
しかも、それと同時に自販機の灯り、
町明りまで消えて真っ暗に。
【現象】
耳が痛いくらい静まり返る車内、
真っ暗な山の中で若い父と母は固まったそうです。
恐怖や驚きでと言うよりも、
金縛りのような状態になっていて
動こうにも動けなかったと言います。
後部座席には何も知らずに幼い兄が眠りこけていました。
と、後ろから風が吹きました。
母が首を少しだけやっと動かし、
めいっぱい横目で確認すると、
窓が指一本分くらい空いていて、
そこから隙間風が吹いていたとのことでした。
たぶん兄が開けたままにして眠ってしまったのでしょう。
更に母の目は、恐ろしい物を映してしまいました。
骸骨の親子です。
バサバサの白髪の骸骨が赤ん坊と思われる骸骨を負ぶって、
後部座席のドアの横に立っていたというのです。
そして、指一本分開いた窓の隙間から、
白骨の指を弱弱しく差し入れていたのでした。
その指は、幼い兄を欲しがるような手つきだったそうです。
「だめ、とらないで、お願いします」。
必死の思いは声にならず短い息になって
漏れる一方で、母に出来たことは
強くお祈りすることくらいでした。
どのくらい時間が経ったでしょうか。
願いが通じたのか、車に音が戻り、
明かりがつき、自販機も町明りも元通りなり、
あぶら汗まみれの両親は
ようやく緊縛から解き放たれたと言います。
【父の態度】
この話を聞いた時、
私は勿論母の作り話だと思いました。
母は普段から冗談をよく言いますし、
一時期流行った怖い話の番組も好んで視聴していました。
だから私は
「いきなり明りが一斉に消えて、
骸骨の親子とかちょっと典型的すぎるでしょ」
と子供心に感じました。
母はそんな私の気持ちを察したのか
「じゃあ、お父さんに聞いてみたらいい」と言いました。
私は当時、無口で厳しい父が苦手でしたが、
父の証言を得て納得したかったので
勇気を出して尋ねたところ、
少し黙った後、「その話は、もういけません」と一言だけ言いました。
その態度は、普段理由も無く答えを濁したりない、
父の態度からすれば違和感のあるものでした。
私は、たぶんこの話は本当だろうと考えています。



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