【ビックカメラなんば店の幽霊】千日前デパート火災の心霊体験談や怖い歴史

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事故物件

ビックカメラなんば店

ビックカメラなんば店は繁華街にあり毎日大勢のお客さんで賑わっています。

にもかかわらず、心霊スポットとして見られていたリ、

ビックカメラなんば店の前にはタクシーが止まらない、幽霊をみたなどの噂もあり、

怖い話には事欠かないという負の側面があります。

なぜ千日前にあるこのビックカメラなんば店はこのような噂が絶えないのでしょうか?

それには理由があります。

当記事ではビックカメラなんば店の土地にまつわる負の歴史と、実際に投稿いただいた恐怖体験(3つ)をご紹介します。

ビックカメラなんば店(旧・千日デパート)の黒い歴史

大阪市中央区千日前にある、ビックカメラなんば店は、毎日多くの買い物客で賑わっています。

しかし、この場所は1972年(昭和49年)5月13日、恐ろしい千日前デパート火災で118人の死者を出した、

千日デパートの跡地であることを知っている人は、年々減っていると思います。

千日デパートは、1958年(昭和33年)に開業した商業ビルです。

千日前デパート

千日デパート火災とは、1972年(昭和47年)5月13日、大阪市南区(現在の中央区)千日前の千日デパートで起きた火災。
死者118名・重軽傷者78名、日本のビル火災史上最悪の大惨事となった。

下階店舗が閉店した直後の22時27分頃、3階婦人服売り場より出火。
延焼は5階までだったが、建材の燃焼による有毒ガスが階上に充満し、避難設備の不備と従業員の不手際が重なって、多数の死傷者を出す惨事となった。

出火原因は電気工事関係者のたばこの不始末で、出火場所は3階フロアーの南東角の部分であったという。
逃げ道であるはずの階段室が煙突の役目を果たし、営業中であった7階のキャバレー「プレイタウン」にまたたく間に煙が充満。

たまたま土曜日で、休みの前日に当たり店内には客が多かった。
更にエレベーターが火災による停電で停止。

逃げ場のなくなった客の中には窓ガラスを割り、15m下の地上目掛けて飛び降りた者もいたが、飛び降りた24名の内22名が全身挫傷や頭蓋骨骨折などで死亡。
被害を拡大させる一因となった。飛び降りなかった客の多くも一酸化炭素中毒で窒息死し96名が7階フロアで折り重なるように倒れていたという。
一部は、窓枠にしがみつき半身を乗り出した状態で絶命していた。- 出典 Wikipedia

ビックカメラなんば店北側の荷物搬入口に、
犠牲者の冥福を祈るために建てられた社(やしろ)があります。

この火災のしばらく後、この跡地にはプランタンなんばという、

ファッション中心のショッピングモールができたのですが、

開店直後から奇妙な出来事が続発しました。

エレベーターの売り場内容を知らせるアナウンステープに、

女性の泣き声のような奇妙な音が混じり、業者が何回作り直しても収まらないため、

最初はエレベーターガールが乗っていましたが、

しばらくして乗らなくなったという逸話があります。

これらの話の詳細は、有名な怪談収集家の木原浩勝さんと中山市朗さんの

「現代百物語『新耳袋』」(全10巻 角川文庫)に収録されています。

(本の中では実名は伏せられていますが、大阪人や怪談マニアの間では、プランタンのことだと分かります。)

そのプランタンなんばも閉店し、2001年(平成13年)に現在のビックカメラなんば店がオープンしました。

ところがここでも、トイレで奇妙な音や気配がするとの噂が広がりました。

空調のトラブルか何かだろうと業者を呼んで点検してもらったものの、

異常は見つからなかったという話を聞いたことがあります。

また、各階をつなぐエスカレーターの周囲は鏡張りになっており、他の商業施設ではあまり見ないスタイルです。

よく語られる理由としては、スリや盗撮、万引きなどの抑止用として鏡張りになっているというのが挙げられます。

しかし怪談マニアの間では、鏡張りにしなかった場合に、

エレベーターの途中で得体の知れないモノを見てしまうと、

お客さんがパニックを起こしてしまうので、

鏡張りにして色々なお客さんの姿が映るように対策したという説が広まっています。

もし得体の知れない、すなわちこの世のものではない何かを見てしまっても、

単なる目の錯覚、見間違いということで誤魔化せるからというのです。

ちなみに、ビックカメラの向かいのサウナカプセルホテル、アムザ1000の横には、

高い塀に囲まれて外からは中が見えない一帯がありますが、実はそこは墓地です。

千日前デパート火災の死者も多数そこに埋葬されたという噂があります。

実際に無縁仏の塚がありますが、刑場があったころの死罪人の供養のためかもしれません。

無縁塚は墓地の奥にあります。

アムザの隣墓地の無縁塚

ビックカメラなんば店の移り変わり

1972年5月:千日デパート火災

1984年1月:千日デパート跡地にダイエーが「プランタンなんば」をオープン

2000年3月:「プランタンなんば」が「カテプリなんば」に改名→1年持たず閉店

2001年5月:関西進出1号店「ビックカメラなんば店」オープン

ビックカメラなんば店がある千日前という土地について

1615年江戸初期に、広い農村を市内の墓地の整理により「千日墓地」と呼ばれる大規模な墓地がつくられ、

刑場・焼き場も併設されたため、一般の人を遠ざける場所になりました。

明治維新の大変革で、明治3年に刑場が廃止、千日墓地の焼き場と墓地は阿倍野墓地へ移転され、後の繁華街へ発展していきます。

千日前デパートビル火災があった現ビックカメラ前の広い道(旧電車道)あたりが刑場で、

都市開発の行われたバブル初期、建設の為掘っても掘っても人骨が出てきたとのこと。

昔の地図と今の地図との比較画像

刑場・焼き場のあった江戸時代の千日前周辺地図です。

出典atamatote.blog119.fc2.com

こちらが現在の周辺地図に昔の刑場・焼き場などの場所を重ねた地図になります。

出典atamatote.blog119.fc2.com

ビックカメラ難波店は「西墓地」の上に建てられたものだとわかります。
アムザ1000は「刑場」の上に、なんばオリエンタルホテルは「焼場・祭場」の上に、千日前二番街は「灰山」の上に建っていることがわかります。

灰山とは焼かれた人骨がうづ高く積み上げられた場所です。

ビックカメラなんば店がある千日前の江戸時代の絵と写真

江戸時代に描かれた絵図(配置図)がありました。
こじんまり書かれていますが、けっこう広いですよね。

出典atamatote.blog119.fc2.com

左奥の高い木の柵で囲われている場所が刑場です。

出典atamatote.blog119.fc2.com

門の手前にお坊さんが座っているようにみえます。
死罪人を弔っているのでしょうか。

撮影時期はおそらく明治維新前後とのこと。

葬儀場と祭場の写真です。

焼場から現在ビックカメラなんば店がある西墓地・刑場の方向に撮った写真の様です。

【心霊体験1】昨年末大阪ビッグカメラのなんば店に行って怖い体験をしました。

あまり書きたくありませんがこれは私自身が昨年末に経験した体験です。

書かせていただきます。

私は昨年の12月大阪に急遽行く事になりました。仕事で。

大阪はUSJとか大阪城などに以前から行ってみたいと思いましたがなかなか行く機会がありませんでした。

新幹線で通過したぐらいでいつの日か行きたいなと思っていました。

12月仕事で上司のMさんとSさんが仕事の新規契約の為に大阪に出張することになりました。

しかし、Sさんが交通事故に遭い1か月の入院となりました。

急遽私が新規契約の為部長からの命を受けMさんと大阪に行くことに決まりました。

私は仕事よりも正直大阪に行けることに喜び嬉しさを感じていました。

当日、私とMさんは新幹線に乗り大阪へ向かいました。

乗車率もなかなかの混雑でしたが、Mさんとの会話や京都以外の関西圏。

初の大阪に行けるのでもう内心ワクワクしていました。

大阪駅について人の多さと街並みに感動しました。
が、直ぐに目的の会社に直行しました。

近くには吉本喜劇の劇場等あり華やかさもありました。

会社に行き担当者と会い仕事の内容の確認を重ねてあっという間に30分もしないうちに責任者が来て契約OKとなり契約書に記載していただき見事に大口契約達成。

私とMさんは大喜びでした。
1時間の滞在で仕事終了。

会社にも連絡を入れたら喜ばれて最高でした。

その日は名古屋で泊まり、翌日静岡の支社にご挨拶で直帰でした。

M課長も「あとは名古屋の新幹線戻るまでちょっと滞在しようか。」と言われM課長と飯食ったり大阪の街並みを堪能してました。

それまで楽しかったのですが、ある場所に入ったことで楽しさがなくなってしまいました。

仕事終わりにビックカメラなんば店へ

午後、M課長が「ちょっと買い物に付き合ってくれんか。あのビックカメラに行きたいんだ。」と言われました。

私達の目の前にビッグカメラのなんば店のビルがありました。

私もビッグポイントが貯まってるのでPC関係や文房具等買えればいいかなと思い承知しました。

M課長と分かれて、1時間後に店の玄関前に集合ということになりました。

店の中は師走や年末商戦で人も多く熱気に溢れてました。

私も貯まったポイントで満足な物を買え、各フロアをぶらっと見たりしてました。

のどが渇いたので外に出てコーヒーでも飲んで待ってようと思いました。

丁度3階に確かいたかと思います。

エスカレーターやエレベーターも混んでいて、あまり人混みが私は得意ではありませんでした。

健康も兼ねて階段で降りようと思い階段通路を見つけました。私はそこに入りました。

違和感

すると階段は薄暗く入った途端、風邪でもないのに背筋に急な寒気を覚えました。

最初はビルが冷えてるから、暖房が行き届いてないのかなと思ってました。

階段をゆっくり降りて行きました。しかし、何か様子が変だと思いました。身体が。

特に背中が何かをかついでるような重さを感じたのです。

後二の腕が何かに掴まれてるような感覚。右踵周辺も何か重りを付けられたような。

とにかく重くて自分では普通に降りてる。階段下っているつもりがとても時間がゆっくりに感じられました。

あと、寒かったはずなのに何故か額に汗。身体がカッカするというか熱くなってきました。それでも階段を下りて行きました。

ヒソヒソ…。私の耳元で女性の何か言ってる声が聞こえました。が階段を見上げても誰もいません。下も見ても人のいる気配はないです。

(何かおかしいな。変だこの場所?)

ちょっと怖くなってきました。そして、3階から2階の階段に差し掛かろうとした時でした。

私の目の前が何か白い靄が掛かった様に見えました。煙というか。

何か焦げた臭いもしないので排気の関係が上手く行ってないのかなと思いました。

ですが、やけに胸の辺りと背中の辺りがさっきより熱く燃えるように感じました。

(風邪じゃない。何か違う。何なんだ。早く下ろう。)

と小走りに下ろうとしましたが、何故か自分の意志とは裏腹に素早く動けない。

今度は両肩に米袋が乗っかった感覚が来て方がぐっと押しつけられるようでした。

とにかく不気味で気持ち悪く。2階から一階に差し掛かろうとした時でした。

今までの重さ、熱さ、目の前の白い煙のようなものが一気になくなり体が軽くなりました。

と同時に私の頬がひやりと何か冷たい手を当てられた感触。

そして、「助けて…」小さな声が耳元で聞こえました。今度は確実に。

うわっと重い私は階段を全速力で下り外に出ました。

私は店の外を出てホッとしました。階段の方を見ましたが誰も下りてきません。

(怖い、絶対変だった。あの階段。)

私は自動販売機でコーヒーを買い一気に飲み干しました。額には玉のような汗でした。

拭いながらM課長を待ち、一体なんだったのかと考えながら初めての地と契約取れた嬉しさはもうどこにもなかったです。

早くここを離れたい。その一心でした。

そのあとM課長が来て新幹線のビールや名古屋の街の居酒屋で飲みましたがあまり気が進まず酔った気にもなれず、食欲も正直湧かず、直ぐにホテルで部屋に入り寝ました。

翌日は何事もなく名古屋を発ち静岡にも行き問題なく過ごせました。

ただ、時折あのビッグカメラの出来事は何だったのか?がずっと頭と心の中にこびりついていました。

後日談

年明け、私はSさんの代わりに商品発送や今後の打ち合わせや対応について契約取れた会社の担当者のBさんに新年の挨拶と連絡を電話でしました。

仕事の後たわいもない話をして盛り上がりました。が、私はなんばビルの事が気になって思い切ってBさんに聞いてみました。

するとBさんの声のトーンが変わって、「ああ、あのビルに行かれはりましたか…」とBさんは語ってくれました。

そのビッグカメラのビルは昔70年代に火災があり多数の死傷者を出したビルでした。

その後に一人でエレベータに乗ってると電源落ちたり勝手に止まったり。

階段では昔の火災の影響か煙を見たとか霊を見たとか怖い場所として有名だと聞かされました。

私はそれを聞いて背筋がゾッとしました。

体の重みや熱さ、煙、小声等何となく合点がいきました。

まさか大都会でもそんな恐怖の怖いスポットがあるとは。存在するとは夢にも思いませんでした。

Sさんも仕事に復帰し、私はその担当から外れ別のプロジェクトに移りました。

私はもし再び大阪に行くことがあったらビッグカメラに行きません。怖いです。

以上で自分の恐怖体験を終了します。

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【心霊体験2】体調不良になる薄気味悪いショッピングセンター【現ビックカメラなんば店】

プランタンなんば

私の住んでいる県には県内で知らない人がいないと思われるほど有名な大型ショッピングセンターがあります。

それは現在「ビックカメラなんば店」となっていますが、以前は「プランタンなんば」というデパートでした。

待ち合わせ場所としも有名で老若男女がそこの前に集います。

しかしショッピングセンターの内はと言うとあまりいい噂がありません。

私が初めてそこに行ったのは小学生の時でした。

小学生にとっては珍しいものばかりあって普段の私なら絶対に楽しめるはずなのに、得体の知れない寒気がして早々に出てしまいました。

また、高校生のとき学校の文化祭で必要なものを買いに友達とそこへ行ったときは、友達が特定の階にだけは行きたくないと駄々をこねました。

なぜかと聞くと、圧迫感があって具合が悪くなるから行きたくないというのです。

昔から周辺に住んでいた友達が言うことには、そのショッピングセンターは昔デパートで大火災があって逃げ遅れた人がたくさんいて多くの人が亡くなったと言います。

その友達のおばあちゃんは見える人らしいのですが、その火事以降はその周辺に行きたくないと言っているそうです。

実際過去の新聞にも火事のその記事は載っていて、友達が行きたくないと言った階は被害の大きかった階でした。

噂によると人の影や足が見えたという人、そのせいで体調が悪くなった人も多いようです。

もしかすると、昔のデパートを改装しそのままショッピングセンターにしたせいか建物の構造もどこか歪で自分がどの階にいるかもわかりづらく天井も低かった所が、不安感を煽り体調不良を引き起こしたのかもしれません。

今はそのショッピングセンターは取り壊されていて確認するすべもありません。
でも、あの時感じた寒気は今も忘れられません。

【心霊体験3】旧千日デパートの黒い影(大阪難波駅の近く)

商店街を歩いていた時のことです。

その時は一人で、ただひたすらに目的地への道を歩いていました。

人通りの多い大通りを曲がり、細めの道に入ってすぐのことです。

建物の近くに真っ黒い影が見えるのです。

周りの人の様子を伺っても、特にその影を気にしていると思しき人はいません。

どうやらその黒い影は、少なくともその場においては自分だけが認識しているようでした。

誰一人その影の方に視線を向けてすらいなかったのです。

怖いと思う気持ちと裏腹に目が離せなくなり、道の端に立ち止まって影の様子を伺いました。

黒い影はそこから動くでもなく、ただ一歩たりとも動かずにその場に立ち尽くしているように見えました。

怖いもの見たさと言うか、興味に打ち勝つことが出来なくてほんの少しだけ影に近寄ってみると

影のはずなのに目が合ったように思えたのです。

ばちりと音がしたようにすら感じられて、影には見えてないはずの目が合った感覚とともに

背筋に寒気が走り興味が恐怖に変わる瞬間を感じました。

本能的に怖さを感じてその場を離れ、人通りの多いところまで戻ると寒気も引いて、

恐る恐る振り返ってみてもどうやらその黒い影はその場からいなくなっていたようでほっとしたのをよく覚えています。

あとから調べてみると、影のいた建物のあたりは昔、大きな火事があり

多くの死者も出した千日デパートという建物があった辺りだというのです。

これはもしかしたら…と思わずにいられませんでした。

きっと火事で亡くなった方がそこにいらっしゃったのかな、

と思うとぞっとすると同時にいたたまれない気持ちを覚えました。

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