これは私が新卒社会人として茨城の原子力関連施設で勤務していた、7年ほど前の話です。
私が勤務していた会社の正社員は、特徴的なグレーの作業着を着用しています。
会社の敷地内には、請負や出向で他社から来た人がたくさんいましたが、彼らも様々な色の作業着を着用していました。
最初はわかりませんでしたが、そのうち作業着を見ただけで「あれは○○社の人だな」と見分けられるようになりました。
ある日、総務課に用事があって事務棟に行ったところ、入り口の横に薄緑色の作業着を着た人がいました。
初めて見る色だったので、「新しい業者さんかな」くらいの印象でした。
うつむいていたので顔はわかりませんでしたが、体の横で両手をぎゅっと拳にしていたのを覚えています。
用事を済ませて事務棟を出たときには、その人はもういなくなっていました。
その後、日付が変わる頃まで残業をしたことがありました。
事務棟に駐在している警備員に、残業が終わったことを伝えるために向かいました。
近くまで行ったときに、入り口の横にまた薄緑色の作業着の人が立っているのに気がついたんです。
さすがにぎょっとしましたが、原子力施設なので24時間人がいるのはおかしくないので、この人もまた残業をしたのか、夜勤なのかと思いました。
夜間の事務棟には正面から入れないので、裏口に回るように教えてあげようと思ったのですが、なんとなく話しかけづらいものを感じて、その場を離れてしまいました。
警備員と話をして戻ってきたときには、やはりその人はいなくなってしまっていました。
それから半年ほどの間に、その人を見かけることがたびたびありました。
不思議なことにその人意外に薄緑色の作業着を着た人を見ませんでしたが、
いわゆる一人親方のようなものかな?と勝手に納得していました。
誰も彼に話しかけず、彼はただ入り口の横にぼんやりと立っているだけでした。
秋頃のことですが、会社の創立記念日があった関係で、社史をまとめたアルバムを他の場所に移動させるように言われました。
私一人になった際に、ついサボりぐせが出てしまい、手持ち無沙汰にアルバムをめくってみました。
そして、あっと息をのみました。
私の会社は、今の作業着になる前、薄緑色の作業着だったのです。
初めて見るはずだったのに、強烈な既視感がありました。
そう、入り口のところに立っていた人と同じものだったのです。
私は汗をかきながら、彼の姿を古い集合写真に探しました。
だけど彼の顔を見たことがないので、結局見つけることはできませんでした。
それから数年後、私の会社で自殺騒動がありました。
それは結局未遂で終わり、安堵しながら上司とその件で話している中で、
上司がふと「僕が新人の頃にも自殺した人がいて」ともらしました。
その人は仕事と家庭の問題に悩み、会社の中で首をつったのだそうです。
上司の入社年度を頭に浮かべつつ、社史に記載された写真を思い出しました。
その頃は確か、薄緑色の作業着を着用していた頃でした。
私は上司に、
「今って、こういう色の作業着着ている会社さんいましたっけ?」
と何気なく水を向けたのですが、
「うちに来てる業者でこの色を採用してるところはないよ」
と軽く否定されて終わりました。
話しかければよかったのかもしれない。
そうすれば、薄緑色の作業着の人が何者だったのかわかったかもしれない。
しかし私は薄緑色の作業着の男性をその後もたびたび目にしながら、
結局一度も話しかけることができないまま、遠方に転勤になり、
そのまま退職してしまいましたので、その後はわかりません。