【異様な線香の匂い】
そこは昔からある仏壇屋でした。
でも記憶の中では今に至るまで一度も、その前を通りかかっても、
裏を通っても、不思議なほどにそういう場所にありがちな線香の匂いを嗅いだ記憶の無い場所です。
たった一度、その日を除いては。
その仏壇屋の先には映画館があって、手前のデパートからデッキでつながっており、
映画の時間が迫っていたので、走って映画館の入っているビルに向かっていました。
しかし、足が止まりました。
せき込むほどのむせかえるような線香の匂いがしたからです。
それは仏壇屋のビルの裏手で、しかし、窓が開いている様子も全くありません。
白い煙があるわけでもないのです。
気味が悪い、と思いました。
でも、時計はあと三分で映画が始まる時間です。
すぐにその場を離れ、私は映画館に駆け込みました。
【修羅場真っ最中に出くわした】
映画を見終わって、同じデッキに出てきたら、そこは修羅場になっていました。
お巡りさんのホイッスルの音、そしてパトカーと消防車が目の前に鈴なりになっていたのです。
デッキの上から見下ろすと、一台の車が、仏壇屋の正面に突っ込んでいました。
その向かいにある調剤薬局の駐車場から、どうやらお年寄りがアクセルを踏み間違えて急発進、道路を挟んだ反対側に突っ込んだ、というのです。
前半分がぐちゃぐちゃに潰れた車がレッカー車で引き出されるのを見て、正直、鳥肌が立ちました。
【それは警告だったのか】
その通りはいつも人通りの多い場所でした。
なのに、救急車で運ばれたのはその高齢ドライバーのみで、幸い巻き込まれた人は無し。
道路に他の車もなく、歩道も無人だった瞬間に起きた事故でした。
そして仏壇屋も商品と正面のガラスは破損して被害を受けたものの、スタッフは全員無事だった、というのです。
私より先にその現場を見ていた友人に
「さっき、ものすごい線香の香りがしたのよ」というと
「うわー…なんか、それって守ってくれた、っていう感じ?」と言われ、
霊感の無い私でもそんなものを感じられるのか、と驚きました。
しかしまるで奇跡のような、この不幸中の幸いを体現したような現場を見て。
ご先祖の誰かが守ってくれたのかなぁ、と思ったのでした。