私が5年前に実際に体験したことです。
私は普段、北陸の事務所に勤務しています。
その日は、東京の日比谷公園の近くにある事務所に出張してきていました。
トラブル対応要員として呼ばれていたので
夜中まで作業に当たっていたのを覚えています。
地方から来た私だけホテルをとっていて
他の人は事務所に泊まるというので
彼らに案じられながら事務所を出ました。
東京だから夜中まで人が多くいるだろうと思っていたけど
事務所の周辺は次第に人が少なくなり、
私が仕事を終えた深夜1時頃には静まり返っていました。
ホテルは事務所から徒歩で行けるところにあります。
流しのタクシーを捕まえるほどでもない距離です。
私はコンビニで朝食を買い込んでホテルへ向かいました。
公園の脇をしばらく歩いていると、ちらほらと人影が見えました。
さすが東京だな、こんな時間にも公園に人がいるなんて。
そう思いながら、ふと気づいたんです。
音が聞こえない。
人がいるわりに、何の音も聞こえないんです。
足音や話し声はもちろん、木々のそよぐ音さえもない。
恐ろしくなって、足を速めました。
その自分の足音も聞こえなくて、どこかに吸い込まれていくようです。
見たくはなかったけど、何か強い誘惑を感じて
公園の敷地内に視線を向けました。
驚くほどたくさんの人がいて、その人たちが全員
無言でこちらを見つめていました。
どう見ても、この世の人とは思えませんでした。
私は声も出せずに、走り出しました。
少し先の街灯がとても遠く、走っても走っても届かない。
空気がよどんで重く、見えない壁に突っ込んでいるようでした。
「助けて!」
と胸の中で叫びながら、私はとにかく走りました。
ふと気づいたときには、私は朝食を買ったコンビニの前にいました。
時計を見ると買い物をしたときから3分もたっていません。
へたり込みそうになりながら、コンビに前でタクシーを捕まえて
運転手さんに謝りながらホテルへ連れて行ってもらいました。