当時大学生だった私は友人らと、とある廃墟地帯へと足を運んだ。
北海道は雪の影響もあるので、建物は雪のせいで壊れている物も多く、
はっきり言ってしまうと建物の荒廃が激しく残留物も何もなかった。
そんな中で、比較的まだ形が残っている一軒の廃墟へ行った時のことだった。
それは結構大きな屋敷で、当時は立派な日本家屋だったのだろうと思える作りだった。
友人Aが急に動かなくなり、じーっと壁を見つめ続けているのだった。
おい、どうした・・・と友人Aに声をかけると
A「いや・・・あれ・・・さ・・・」
と指さされたところを見てみると一枚の写真が額に入って壁に掛かっている。奇跡的に落ちたり雨に当たったりしていなかったので、そこまで風化が進んでいなかった。
B「どうした?なんか見つけた?・・・お、美人さんだな・・・」
Bの言葉の通りに、白黒写真に写っているのは一人の女性だった。それも日本家屋には似つかわしくない、洋服にそして時代劇のような髪形をしているっていう、ちょっと不思議な写真だった。そしてBの言葉の通りに、その写真の女性はとても綺麗な顔立ちをしていた。
B「だけどあの写真て、どう考えても遺影だよな・・・」
確かにBの話の通り、そこには古びた仏壇があり床に数枚落ちている写真を見ると、老人の写真や恐らく出征時の男性の写真であろうか?そのような写真も落ちていたので、恐らく遺影であることに間違いはないだろう。
しばらくその日本家屋の中を彷徨ったが、他に目を引くものも特に何もなく、帰るか・・・と思うもAの姿が無い・・・
「アイツどこ行った?」とBに聞くと・・・
Aは先ほどの写真の前で黙って固まって、まるで魅了でもされたかのようにその写真を見つめていた。
「おい、A!帰るぞ!・・・」
という私の声にも全く動かないA
ただぼんやりとその写真を見ているのだった。
いくら帰るぞと言っても梃子でも動かないAに見かねた私たちは、Aを置いて先に車へと戻ることにした。
車に戻った私たちは少しAをビビらせてやろうと思い、エンジンをかけて少し車を動かしたのだった。
そしたら慌てふためいて廃墟から出てくるA
A「おい、マジでやめろよ!」
慌てふためくAの顔を見て私たちは笑っていた。
翌日、大学の講義でBとあったのだがAの姿が無い・・・
あれ?Aは?と聞くと
B「今日は見てないな・・・風邪かな?」
私達は翌日、Aに電話をかけてみた。
A「いや、ごめんごめん。ちょっと風邪ひいちゃってさ・・・」
私「おいおい大丈夫かよ!」
そんな電話の向こうで女性の声がなんだか聞こえる
私「おい、女の娘の声が聞こえるんだけど・・・誰かいるのか?」
A「いや・・・うーん・・・実はさ・・・彼女が出来ちゃってさ・・・少し早いけど結婚するかもしれないんだ・・・。」
私「おいおい、何だよ!なんで彼女出来てるんだよ?それも結婚前提なんて・・・羨ましいじゃん・・・」
というのろけ話を聞いてお大事にーと言う感じで電話を切った。
元気そうだったので明日か明後日くらいには大学に来るだろう・・・その時に新しい彼女の話でも聞かせてもらおうと私は思っていた。
しかしAは翌日翌々日となっても姿を現すことはなく・・・1週間たっても大学に来ることはなかった。
心配になった私はAの住んでいるマンションへと向かった。そして直接、玄関のチャイムを鳴らしてみると・・・
「は・・・い・・・」
ガチャリと空いたドアの向こうから顔を出したのは、まるで痩せこけたAだった。1週間でここまで人間は変わってしまうのか?と思えるくらいに頬の肉は落ち、眼球が血走り飛び出ているようだった。そして髪の毛も白髪が目立つようになっているような状態だった。一瞬これは誰なのか?と思う位の変化だった。
私「A・・・だよな・・・」
A「おお、よく来たな・・・心配かけて悪りい・・・まあ、上がってくれ・・・」
部屋の中へ入ると、室内は男の一人暮らしとは思えないくらいに片付いていた。さらに服も綺麗に畳まれている。普段のAの暮らしぶりとは考えられないくらいに整理整頓されていた。
あーこれが、彼女さんのお蔭なんだな・・・と思った私は。
私「おいおい、そんなに痩せてしまってどうすんだよ・・・彼女も出来たんだからさあ、もう少し自分の体を大事にしないとダメだろ・・・」
A「うん」
私「ところでさ・・・彼女とはまだ同棲しないのか?綺麗になってるからてっきり同棲してるのかと思ってたわ。」
A「してるよ」
そう言ったAは、一枚で区切られた襖を指さした。とはいってもそれは押入れである。
私「あ?なに?」
A「うん、あの中・・・いるよ。」
私「え・・・何が?」
A「嫁がさ・・・」
そう言った瞬間だった。
勢いよく蹴破られたような音がドアから聞こえ、怒鳴り声と共に入り込んできたのは60歳くらいの男性と女性だった。
開口一番にその男性は怒鳴りながらAを殴りつけた。
「この馬鹿が!母さんに心配かけて!この親不孝者が!」
それはAの父親と母親だった。
A父「どこだ?あの女!どこにいる!」
A「父さん、やめてくれよ!やっと、やっと連れて来たんだからよ!」
というもやせこけたAでは父親の力に勝つことは出来ず、吹っ飛ばされて父親の足に捕まるのがやっとだった。
部屋の中をガラガラと荒らしまわるA父、そしてその手が先ほどAが話していた押入れへとかかると・・・
A「やめてくれ!頼むよ!頼むよ父さん!」
しかしA父はその襖を勢いよくあけた。
中でバリバリと何かが剥がれるような音がして、出てきた光景にAの父も母もそして私も言葉を失った。
其処には泥だらけの仏壇があった。それもドロドロで、開けた瞬間に腐葉土のような匂いが鼻をついた。金箔とか装飾も完全に剥がれていて、汚い仏壇がそこにはあった。
そしてその仏壇を見て私は思わず声を上げてしまった。
間違いない・・・あの廃墟で見た仏壇だった。
そしてその仏壇の中には、あの廃墟で見た洋服を着た白黒の女性の写真が飾ってあった。
その横にはAが結婚式で着用するような袴姿(紋付羽織袴)を着用した写真が飾られていて、
二つの写真を折り重ねるように飾られた写真は、まるで結婚式の写真のようであった。
A父「この馬鹿野郎が!お前死にたいのか!こんなことしやがって!親より先に死ぬな!この親不孝者が!」
A父はその写真を取り出して、勢いよくフローリングに叩きつけた。
そして中から写真を取り出してそのまま台所のシンクまで進み、取り出したライターで火をつけて写真を燃やしてしまった。
Aの泣き叫ぶような声が聞こえてくる・・・
そしてそのままAはまるで幼児のように母親に抱き着き、泣き叫ぶだけだった。
後日、そのままAは休学することとなった。
私とBは、Aに借りていた物があったのでAの携帯に連絡を一度入れたことがあり、その際にA父から色々と話を聞く機会があった。
Aの地元には「幽婚・冥婚」というしきたりがあるらしく、
この「幽婚・冥婚」は結婚できずに死んだ人間をあの世で結婚させてあげようという思いから、
絵や人形を代用して弔うための儀式(死後結婚)だと言われている。
あの女性に焦がれてしまったAはそれを模倣して、
あの写真の女性と自分の写真を重ね合わせることで
「幽婚」の儀式を自分で行ったとのことだった。
この幽婚にはやってはならない事が一つある。
それは、生きている人間を使うことは禁忌とされている。
もしも生きている人間を相手に選んでしまうと、必ず不幸が訪れるとのことだった。
その後Aは休学のままで大学を辞めてしまった。
彼は実家である青森県へ戻って入院生活を続けていると一度連絡があった。
その際にAと少しだけ話をしたのだが・・・
A「あんなに美しくて可愛らしい女性にはもう二度と出会えないよ・・・彼女に逢えないなんて生きている意味なんてない・・・速く死んで彼女に逢いたいよ・・・」
そんな事を言っていた。